第4輪 何かを良くしようとして、もっとダメにしてしまう
ほら、飲もう
こんなところに客人なんかめったに来ないから、うれしいんだ
そっちの言葉では、乾杯ってなんていうんだ?
――ティーツリー 18世紀、オーストラリアにて
オレは赤い鳥の大群に、つっこんだ。ヤバい。
これが全部スペイン風邪の霊っていうんだから、恐ろしい。
すかさず火の鳥に変身したオレは、炎と香りをまき散らしながら、ぶつかって来る鳥たちを撃退した。
植物の精霊は香りを持ってる。ほかの霊とはワケがちがう。最初から強いんだ。
香りを感じた鳥たちは逃げだした。しかし、数が多すぎておたがいにぶつかり、渋滞が起こった。オレは渋滞に巻きこまれ、衝突しまくった。
このままだと、体力が持たない。
早いとこ脱出したかったが、周りをドーム状にかこまれて、自由に身動きがとれなかった。
ラベンダーたちは大丈夫か?
まさか、アロマ連合の見張りがいるとは。マズいことになった。ひっそりの予定だったのに、これでま正面から連合に背くことになった。
オレは、人間を助けようとしてるんじゃない。ただ、ともだちを助けたいだけなのに。
人間と関わると、ほんとにロクなことがない。
「ボンジュール」
いきなり上から人間が落ちてきたから、オレはおどろいた。
「ひっ――人間⁉︎」
「失礼ね、空にニンゲンがいるわけないでしょ、わたしよ」
(いまどきは、空にも人間はいる。宇宙まで進出されたら、人間アレルギーの精霊はどこに避難するんだろうな?)
現れたのはブロンドの天使だった。
「ラベンダーか」
ラベンダーは、よく好んでこの姿になる。
「ペパーとティーツリーは?」
「UFOにいる」
「あの2人を残してきたのか⁉︎ 何やってんだ!」
「あの2輪は大丈夫。それよりアンタのほうが心配よ。ただでさえ人数少ないんだから、枯れたら困るわ」
たしかにありがたかったが、オレは口が裂けても、ありがとうとはいえなかった。こいつは図に乗るタイプだ。
「おまえが来なくても、オレはよゆうだった」
「ふうん、心は正直だけどね」
「オレの心を勝手に読むな!」
(霊は人間とちがって非物質だ。え? わかりにくいって? 電気信号のかたまりみたいなもんっていえばわかりやすいか? だから、ちゃんと自分の心は、とじておかないといけない。そこだけは人間がうらやましい)
そのとき、上から耳をつんざく大きな音が聞こえ、UFOが落下してきた。
「よけろ、ラベンダー!」
「わかってる!」
つづいて、連続してもう2つのUFOも墜落した。落ちたのは、ぜんぶアロマ連合の船だ。
スパフたちが巻きこまれ、空は見晴らしが良くなった。
「……おいラベンダー、おまえ、ペパーになんて命令した?」
「わ、わたしは、なにも。攻撃しろなんていってない。時間をかせげって」
「おまえがフランス語しかしゃべらないから、ペパーは聞きまちがえたんじゃないか? ヒトを殺したんだぞ、しかも連合の」
「霊はそうかんたんに死なない。祈りましょう」
よゆうぶって心をとじてるが、匂いからするに、ラベンダーはかなり動揺していた。後悔している。
オレは、地上に落ちたUFOの残骸を見た。うぇっ、まさにオレたちの、ちょっと先の未来みたいだ。人生って、もっとこう、うまくいくもんだと思ってた。
しかし、アロマ連合のUFOは香りを強くまとっていた。その体当たりをくらったおかげで、鳥たちが浄化されて竜巻はくずれ、中心のスパフ本体の姿が見えていた。
フラミンゴみたいな姿だ。ゾンビみたいで気持ちわるいし、やけにデカい。目がギョロッとしてる。
スパフは、けがをしていた。UFOの直撃をくらったらしい。何が起こったかよくわかってないって顔だ。これはチャンス。
「オレたち2人で、やつを倒すぞ」
「何いってるの? 2輪で倒せるわけないでしょ」
「いや、あいつらを呼んでる時間はない。いまやつは弱ってる、チャンスだ。ガトフォセが死ぬまで42時間しかない、ここでやつを逃したらおしまいだぞ」
「命を助けるつもりなら、あと18時間よ」
「マジか⁉︎ もっと早くいえよ、とにかく行くぞ」
オレとラベンダーはスパフに接近した。よし、やつはまだ気づいちゃいない。いけるぞ。
「ラベンダー、その姿はおそい、鳥に変身したほうがいい」
「よゆうよ、アンタこそ、ちゃんと前見て飛びなさい、ほら、ぶつかりそうになる」
「よゆうぶってる場合じゃない、鳥に変身してくれ!」
「どうして花が動物に変身しなきゃいけないの? わたしはヤダ!」
(天使はいいのか?)
「ワガママいってる場合じゃ――あ」
スパフが飛びたった。しかも、フラミンゴみたいな図体してるくせに、なかなかの速度で。
「いわんこっちゃない、もういい、先に行くから早くこいよ」
スパフは群れと共にどんどん下降して、ビルとビルの間を飛んだ。
「ギャアアァァア‼︎ ギギッギャッピャ」
「オラ・グラシアス 燃えよ」
オレは魔法を使って、くちばしから《地獄の業火》を放った。くらえ。
何度も《地獄の業火》を放ったが、スパフはすばしっこくて火の玉は当たらなかった。
どちらかというと、人間に当たることのほうが多かったが、燃えてるのは霊体だから害はないはずだ。人間本人だって、けろっとしてる。たぶん、大丈夫だ。
スパフの群れにぶつかった人間たちが、スペイン風邪に感染した。
霊体が赤くにごり始めた。いまはなんともないが、じき、3次元の本体にも影響が出るだろう。
デトロイトは大都市だ。人間がたくさんいる。スパフにとっちゃ、いいレストランなんだろう。
ビルのなか、自動車工場のなか、ミシガン・セントラル駅、デトロイト大学、カナダとの国境のデトロイト川にあるベル島。
スパフは暴走して、いろんなところに逃げこみ人間たちをおそった。強大なパワーを持っていながら、最初のUFOの一撃が効いたのか、ずっと逃げている。
(まるで観光案内してるみたいだが、こっちはそれどころじゃない。早くスパフを倒さないと、ハゲの命があぶない。
ちなみに、デトロイトはなかなか良い場所だ。おまえらの時代だと、黒人が多いし、治安が悪いとやたら騒がれちゃいるが、そんなことない。人間にだって良いやつはいるだろ? 自然に対して、ただ知らないフリしてるだけで。それと同じで、良いやつはたくさんいる。
車が好きならぜったい来い。車を生んだのはカール・ベンツだが、育ての親のヘンリー・フォードの街なんだから。毎年行われるデトロイト・オートショーは、パリ・コレクションみたいで見ごたえばつぐんだぞ。
それに、家なんか車より安く買えるしな。大型テレビの値段だ。豆知識だが、ベル島はパリの都市公園をイメージした設計になっている)
いつまでも追いかけっこをする気になれないオレは、捨て身の作戦に出ることにした。
やつの上まで飛んでいき、発火性の香りを体から出した。そして、危険な呪文をとなえた。
「オラ・ケ・オンダ 爆発せよ」
結果として、威力を高めた大爆発は命中した。
スパフの群れは、それぞればらばらに散らばっていき、本体はベル島に落下した。
しかし、オレ自身も大爆発に巻きこまれ、地面にハデに激突した。変身が解けて、もとの子どもの姿になる。
すぐそこに、スパフがいる。
だが、もう動く体力も残っちゃいなかった。
あいつを倒せば、ガトフォセを救えるのに。
スパフは起き上がり、飛び立とうとしていた。キズだらけのつばさを広げる。
オレは手をのばしたが、スパフには決してとどかなかった。
「ちくしょう、あともうすこしなのに」
人生ってのは、ほんと最悪。ツイてない。だが、どんなにどん底に落とされても、ここはアメリカだ。自由の女神が助けてくれる。
(自由の女神を作ったのも、フランス人だ。うれしくてたまらないね、アメリカでもこんなにフランスを感じられるんだから)
オレの前に、神々しい天使があらわれた。もっとも、そいつは悪魔のようにずるがしこかったが。
ラベンダーだ。
「『洗い草』の名において命ず――封印せよ」
ラベンダーが礼名詠唱で、ビンのなかにスパフを閉じこめた。
(オレたち精霊には、もう1つ名前がある。それが礼名だ。いろんな場面で出てくるが、1番よく使われるのが礼名詠唱だ。宇宙からエネルギーをもらい、自分の願いをかなえることができるんだ。ま、捨て身の一撃ってやつだな)
「なんで閉じこめた?」
「は、はあ、はあ」
ラベンダーは息切れしてたが、変身を維持できる体力はあるらしい。ひざがふるえて、立つのもやっとなくせに。
オレはこぶしをにぎった。怒りで維管束が煮えくりかえった。
「自分が、何やってるか、わかってるのか?」いいながら立ちあがる。疫病を閉じこめて、何に使うつもりだ?
「目的は、ガトフォセを助けることでしょ? だったら、殺さなくても、スペイン風邪の勢いを弱めればいいことよ」
「ガトフォセがぜったい助かる保証はない。それに、所持していることが連合にばれたら、どうするんだ!」
「殺すのは、かわいそうよ」
「それをよこせ。そいつは危険だ、処分すべきだ!」
「いや、処分するなんてとんでもない」うしろから聞こえた声に、オレは振りかえった。
集団のブタの霊が、UFOからおりてきた。20人近くいる。
散歩してたらオレたちがいたから、あいさつしたのかな? とも思ったが、手に持ってる物騒なもんからすると、そうでもないらしい。
ブラスターだ。
ブタの霊たちは、どいつもこいつも図体がデカくて、あぶない匂いを出していた。
あぶない匂いを出してるってのは、犯罪に手を染めてるって意味だ。ほんとうに変な匂いを出してるってことじゃないぞ、わかるな?
それにしても、3次元のブタのほうが、よっぽどかわいげがある。やつらの顔ときたら、まるでゴブリンだ。
むかしナポレオンが、ブタに自分の名前をつけるのを禁止する法律を作ったときは、ガキ大将みたいだなと思ったが、たしかにやつらの顔を見ると、うなずける。気持ちがよくわかる。
あんなのが「俺の名前はナポレオンだ」とかいったら、かなしくなる。オレだったら伐採されたくなるね。
(オレさまは心がひろいから、人間がオレンジと名乗っても、許すことにしてる。偉大な名前を名乗りたい、その気持ちはよくわかる)
オレは聞いた。
「どちらさまだ?」
「よくやってくれた。スペイン風邪を捕まえたかったが、アロマ連合は見張ってるし、俺たちは香りを持ってないから、困ってたんだ。そこに、おまえたちが来てくれた。注意をそらしてくれたおかげで、連合を始末できた。さあ、それをこっちに渡してもらおうか」
リーダー格のブタやろうが、そういった。
ラベンダーは挑発した。
「う、あなたたちのその匂い、もしかしてわたしたちのまね? もっと優雅な香りを出しなさいよ。動物クサくてかなわないわ」
動物の霊が、香りを出せないことをわかってていってるんだ。こいつは平気でヒトを差別する。
状況が状況だ。向こうは武装してる、怒らせるとマズい。オレはブタやろうたちをフォローした。
「彼らは泥のなかにいるときが1番しあわせなんだ。匂いはノージンジャー」
「殺されたいのか、おまえたち! 泥になんか入るわけないだろう! 失礼にもほどがある、いいからそいつをよこせ! さもなくば、おい!」
(……フォロー失敗。なんでだ?)
ブタの精霊たちのなかから、2人の大人の男女があらわれた。ブラスターを頭に突きつけられている。
「だれだ、そいつらは?」
「ごまかしてもムダだ。スペイン風邪を渡さなければ、仲間を殺す」
ほんとうに知らない男女だったが、霊視して気づいた。ペパーミントとティーツリーだ。どうやら、変身して正体をかくしてるらしい。
「すまない、捕まってしまった」
ペパーミントは、もうしわけなさそうにつぶやいた。となりのティーツリーは、すごく不満そうな顔だ。
ヤバいことになった。こいつらはいったい何者なんだ? いきなりあらわれて、ヒトのものを盗もうなんて、ずうずうしいにもほどがある。
「渡してもいいが、その前に1つ聞いておきたいことがある」
オレはいった。ついでに、ラベンダーにテレパシーを送る。ラベンダーはうなずいた。
「おい、自分の立場がわかっているのか?」
「いいじゃないか。そっちは人質を取ってるし、どうせ渡しても、殺すつもりなんだろう? なあ、冥土のみやげに教えてくれよ。どうせオレもそこの天使も、抵抗できない。体力がないのは見てわかるだろ?」
ゴブリンはすこしのあいだ、かんがえていたが、やがてうなずいた。
「いいだろう。何だ?」
「これを使って、何するつもりなんだ?」
「復讐だ! ドイツ人にな、ブルルン!」
「ドイツ人に?」
そこに、ラベンダーが声をあげた。
「ああ! もしかしてあなたたち、ブタ殺しの!」
「そうだ。我々は、ドイツ人に大量殺戮されたブタの霊だ。ヤツらのくだらない争いのせいで、せっかく生まれるチャンスを手に入れたのに、ろくに人生を楽しめなかった。ドイツに復讐しないと気がすまない」
ラベンダーはうなずいた。
「あなたとは、なかよくできそうな気がする。わたしも、エグザゴンヌ(フランス)がドイツに攻められて困ってたの」
「そうか、じゃあ早くそれを渡せ」
ラベンダーが、ビンを持って歩いていく。オレはあわてて、ラベンダーのうでをつかむ。
「おまえ、どっちの味方なんだ?」
「だれの味方でもないわ。ただ、わたしもやられたら、やり返さないと気がすまないタチなの」
「やめろ、渡すんじゃない。ドイツだけじゃない、フランスにも影響が出るぞ」
「わたしはアロマ連合のマスターよ、エグザゴンヌにたくさん精霊を配置して、守ることができる」
ラベンダーはオレの手を振りほどき、ブタの集団に近づいていった。
オレは追いかけたかったが、さっきのダメージがひどい。はげしい腹痛とキズだらけの体では、立っているのがやっとだった。ふらふらだ。
「やめろ、渡すな」
「ねえ、さっきはごめんなさい。これはあなたにあげる。ニンゲンにいじめられたもの同士、なかよくしましょ。わたしもニンゲンに、復讐したいって思ってたの」
ラベンダーは歩いていった。
1歩、また1歩、と確実に。ゆっくり、ゆっくりと。
「ラベンダー!」
そして。
ビンが、ブタやろうの手に渡される直前のところで、ラベンダーの手が止まった。
「どうした? 早く渡せ」
ブタの精霊はしずかにいった。
「やっぱやーめた」
ラベンダーはそういうと、ビンを高くあげた。
「バカにしやがって、もういい、殺せ‼︎」
オレは頭をかかえた。はげしい銃声の音を想像したが、あたりはシーンと静まりかえっていた。
「おい、どうした? 早く撃て!」
ドサッ、ドサッ。
うしろで聞こえた音に、リーダー格のブタは振りかえった。見ると、ペパーミントとティーツリーにブラスターを向けていた仲間が、倒れていた。
ペパーミントがいった。
「ああ、やっと香りが効いてきた。ただでさえこのタイプの香りを出すのって、苦手なのに、変身しながらはキツいな」
「ちっ、アタシは香らせなくても、こいつらぐらいよゆうで倒せたんだ」
ティーツリーがいった。
「備えあれば憂いなしだよ」
リーダーは、うろたえていた。
「おまえたち、撃て! 撃てといってるだろ!」
しかし、かまえたブラスターの引き金をひくものは、だれもいなかった。
「アッハハハ、馬鹿みたい、自分たちが、香りを吸ってたのに気づかないなんて。ほら、動けないでしょ」
ラベンダーはいじわるに笑った。リーダーの顔が、みるみる真っ赤になった。
オレはラベンダーにいった。
「ふう、ほんとに裏切るかと思ったぞ」
「あんなマヌケどもに渡して、ニンゲンを滅ぼせると思う? やるなら自分でばらまくわ」
……ジョークとして受けとっておこう。
ペパーミントが、マヒの香りを出してることに気づいたオレは、時間かせぎすることにしたんだ。ただ、ラベンダーは信用できないところがあるから、そこだけが心配だった。
「俺はまだ動けるぞ!」
リーダーがオレに銃口を向けたが、ティーツリーがすばやく携帯空間からオノを取り出し、リーダーに投げた。
「ぎゃっ!」
リーダーは倒れた。軌道がそれたビームが、オレの頭上を通りすぎた。
「いまのはヤバかった。オレはガトフォセみたいには、なりたくない」
あと数センチ、軌道が下だったら、オレの髪の毛はなかっただろう。
動けないブタの精霊たちが、テレパシーでさけんだ。
「リーダーァァァァァ!」
「よくもやったな、殺してやる」
「くそったれが!」
さっきから、死にかけてばっかりだ。オレは、おもいっきりののしった。
「いいか、下等動物ども。次からはガスマスクを持参して、相手をよく選ぶことだ」
「こいつらどうする? 何者なのか、拷問して口を割らせるか?」
ティーツリーの言葉に、ラベンダーは同意した。
「それ名案。両腕をへし折って、ブタのヴィーナスにしてやろう」
女性陣は冷酷だ。だが、こいつらも人間に怨みを持った霊だ。そう考えると、うーん。
ペパーミントは、論理的な意見をのべた。
「いや、いますぐここをはなれよう。墜落したUFOから、アロマ連合に遭難信号が送られた。じきに連合が来る。わかるか?」
だまるラベンダーとティーツリーに、ペパーミントは続けた。
「オレンジ、君はもうナイトじゃないし、ラベンダーはフランスの精霊、ティーツリーはオーストラリア監獄の管理者だ。そしてぼくは、冥界の皇子。それぞれが持ち場をはなれて、ここにいるのはマズい。しかも、スパフを捕まえてる。反逆罪はまぬがれない。それとも、こいつら全員、ガトフォセ香料店まで連れて帰って拷問したいか?」
「オレもペパーに賛成だ、こいつらにかまってる時間はない」それから、ビンを見た。「いったんガトフォセ家にもどって、それをどうするか話し合おう」