第15輪 ロックンロールが大好き ( I Love Rock'n Roll )


 お、なんかおもしろそうなことやってるねェ~
 壊しとくか、エレベーター

          ――タバコ

 必死のかいあってラベンダーを説得したオレは、いっしょに2階の第2展望台を超えて、さらに階段をのぼった。
 もうバジリコは頂上へ行ったんじゃないかと思ったが、ちょっと階段をのぼったところで、息ぎれを起こしていた。

「オレンジ大佐、迷子のババアを発見しました」

「ヘヘ、年寄りは体力がないんだから無茶すんなよな、変身が解けてるじゃないか。ばあさん、地球のことはオレたちにまかせて、おとなしく家に帰れよ。帰り道はわかるか?」

「はぁ、はぁ、おまえたち……」

 ラベンダーは残酷な笑みをうかべた。

「大丈夫、安心して。ニンゲンはわたしが滅ぼしといてあげるから。アトランティスムー大陸みたいに、ぜんぶ海に沈めればいいんでしょ? 楽勝すぎて草はえるわ~。海に沈んだら草はえないけど」

(草がはえる。植物界の昔ながらのスラング。笑ってることを意味する)

「おい、それじゃオレたちの植物も沈んじまうじゃねえか」

「ギャッハッハ‼︎ ウケるんだけど!」

「ウケねえよ」

 バジリコは見るからに不快な香りを出していた。ラベンダーの下品な笑い声は、オレにもひじょうに耳ざわりだったが、バジリコに考えるよゆうをあたえなかった。

「スパシーバ 貫突せよ」

 階段が見えないヤリにつらぬかれたが、オレたちは例のごとく、距離をあけて1つ下の踊り場で身を守っていた。

「馬花な若者め! 地球のことを何も考えていない。おまえたちみたいな若者がいるから、地球がどんどんダメになっていく」

 ラベンダーと打ちあわせた挑発作戦は、ひとまず成功した。
 バジリコはペースを乱しつつある、このままこっちのペースに引きずりこもう。
 オレは提案する。

「バジリコ、オレはゲームを持ってる。おまえのために」

スペイン風邪を手に入れたいま、つきあう理由はない」

 バジリコは背を向けた。

「『真の薫香』と『銀の狐』の弟子が2輪。人質にすれば良い交渉材料になると思うんだがな」

 動きが止まった。オレは続ける。

「いまならおまけに、ハーデスの孫のペパーミント皇子もついてくる。さあ、どうする?」

「まるで同窓会だな。地球大混乱時代の。ハーデス、銀狐、オリバナム、ヤツらは殺しても殺し足りない」

「ルールはかんたんだ。逃げるオレたちを捕まえればいい」

「私が乗ると思っているのか?」

 ……ふつうに考えて乗るわけないよな。だけど、ここで追いかけてきてくれなきゃ作戦失敗だ。
 どうしようか考えてたそのとき、ラベンダーがあまりにも失礼なことをいった。

「ねえ雑草、師匠から聞いてるよ。おまえ、うちの師匠にこてんぱんにやられたんだって? もしかしてそのニンゲンみたいなみじめで気持ち悪い体、師匠にやられたの? かっわいそ~、魂にそんな障害持ってたら、もう精霊には転生できないね。次に生まれ変わるとしたら、ニンゲンじゃん。あ、いっけない、わたしったら、あなたのこと雑草呼ばわりしちゃってた。ごめんさない、これからは花じゃなくて、ニンゲンだもんね。ニンゲンさん!」

 ラベンダーのせいで、悪寒がぞわっと背筋を走った。周囲の空気が、ぞっとするほど冷たい。バジリコのまわりには異常なエネルギーが集中していた。それなのに、ラベンダーはまだバジリコを挑発している。

「もうやめろ、ラベンダー」

「ねえニンゲン、アンタってとんでもない負け組よね。アマテラスたちを地球に呼びよせ率いたうちの師匠――地球を代表する大神霊の『銀の狐』には、いまのニンゲンの文明をつくられるし、アトランティス原発や核戦争を止められなかったんでしょ? 負け組じゃん。しかも仲間だったマスター・ポテトには裏切られて、アッハッハ、だめ、笑っちゃう、コメディかよ、伝説の精霊とかいわれてるけど、ほんとは大したことないんじゃない? すごい魔法や霊能力なんてじつは使えないんでしょ? だってニンゲンだもんね。ローマ帝国では愛の女神として君臨し、聖ヴァレンチノとともに地球にバレンタインデーを作ったこのラベンダーさまが、おまえに愛という名の伐採をあたえてやろう」

 バジリコは維管束が煮えくりかえった顔をしていた。怒りでわれを忘れている。

「スパシーバ、スパシーバ、スパシーバスパシーバスパシーバスパシーバスパシーバスパシーバスパシーバスパシーバ‼︎」

 目に見えない空気のヤリの雨が、エッフェル塔に降りそそいだ。バジリコはさけんだ。

「アロマ連合はもうおしまいだ‼︎ おまえたちも殺してやる‼︎」

 いまだに挑発を続けるラベンダーをかばいながら、集合場所の第2展望台をめざした。階段をいっきに駆けおりる。

「昔わたしがやった【エルサレムの大悲劇】みてェに悪魔を大量召喚して、バジリコ、てめェをブッ殺してやる!」

 オレは歴史の真実を知った。「サイテー」

(【エルサレムの大悲劇】。ソロモン王の時代、だれかが悪魔を大量召喚したんだ。犯人は見つからなかったが、そのせいで悪魔たちの帝国ができあがり、エルサレムはあらそいの絶えない土地になってしまった。いま、未解決事件が1つ解決した)

 第2展望台に到着したとき、ちょうどサージェント・ペパー(ペパー軍曹)が向こうからやってきた。

「何あの波動⁉︎ きみたちいったい、何やったんだ?」

「話はあとだ、おっかない校長先生が来る」

 後ろから背筋がこおる冷たい波動を感じる。姿の見えない何かがせまってくる恐怖が、オレの体を支配しようとした。ひざがふるえる。

「こっちだ」2人を手まねきした。

 セーヌ川が見えるほうへ行き、真ん中まで移動する。自分たちの居場所が外から目立つように。
 バジリコの火薬みたいな刺激的な香りを感じるのに、姿が見えない。目をほそめて注意深く霊視すると、湯気がたってるかのようにゆらめく姿のバジリコがやってくる。けむりみたいに安定しない姿で、しかし確実にこちらにやってくる。
 まだ距離はあると安心してたが、バジリコが手をあげると、それはとつぜんやってきた。呪文をとなえるヒマはなく、とっさにみんなで念力の防御膜を作る。空気のヤリの暴雨だ。耳鳴りするくらいはげしい音と衝撃が、手からつたわる。
 1分——2分……3分……も、もうたえられない、ペパーミントもエネルギーを消耗させられ、子ども姿になっていた。
 やっと雨がやんでバリアを解くと、バジリコは目の前にいた。

「うぁ⁉︎」金縛りだ、動けない、首をしめられる。

「ガキどもめ、大人を怒らせたらどうなるか教えてやろう」

 完全に自由をうばわれるまえに、オレは先生に問題を出した。

「この世で1番強いものは、何かわかるか?」

 声帯がしぼみ、圧迫されてのどが苦しい。息ができない。
 とうとう窒息死しかけた頃。

「……なんだ?」

 バジリコはオレだけ金縛りをゆるめた。

「ぜっ、はぁ、はぁ、っは」まだだ。どうにかしてバジリコの注意をこっちに向け続けないと。だけどペパーとラベンダーの顔色を見るかぎり、そう時間はかけられない。2人の顔はすでに青い紫色になっていた。「ヒントは、全宇宙で1番強い力だ」

「ビビデバビデブか? パピポピプラか?」

「いや、《強制転生》の魔法じゃない。文明が消滅するときに発生する怨念の集合霊でもない」

「じゃあなんだ!」

「落ちついて。その能力がないから、あなたはいままで負け続けてきたんだ。オリバナムたちに勝ちたいんだろう? ん?」

「……エネルギーか?」

「それは核エネルギーでもマイナデスコールでもない。霊能力や超能力でもね」

「やけにもったいぶるじゃないか。まあいい。私には使えるか?」

「いや、大人には使えないんだ」

「?」

「ところで、1人たりないと思わないか?」

「……ティーツリーはどこだ? ――‼︎」

 気づいたときにはもう手おくれだった。
 オレさまは、きわめて紳士的にいった。

「では、宇宙最強の能力をとくとご覧あれ」

 オレは仲間の2輪をかばった。
 アロマ連合の艦隊をひきつれてきたチリチリバンバンはうなりをあげて、エッフェル塔に激突した。鉄骨は激しくひしゃげ、バジリコはしたじきになった。

「答えは若気のいたりだ。わるいなバジリコ、この能力は若者の特権なんだ」

 バジリコが落とした封霊ビンを、念力でひろいあげる。やっと取り返した。
 大爆発のなか、ひんしの子どもティーツリーを救出し、オレたちは階段へ向かった。