第3輪 旧友が旧友を呼ぶ
オレンジ、その話はほんとうか?
冥界はそんなにたくさんの人間を、受け入れられない
各世界は何を考えてるんだ?
――ペパーミント
オレが親友をつれて、集合場所のガトフォセ家のリビングへ入ると、すでにソファにラベンダーがすわっていた。
となりには、あさ黒い肌の女性がすわっていた。民族衣装を着ている。
「オレンジ、急用を思い出した。帰らなきゃ」
「ペパー、どうした?」
「彼女がいるなんて聞いてない」
「ライミー! なんでおまえがここにいるんだ⁉︎」
民族風の女性は、キゲンが悪そうだった。
(ライミー。イギリス人への差別用語。意味はライムやろう)
子ども姿だったペパーミントは、瞬時にスーツ姿の大人へと変身した。オレ以外の精霊に会うときは、いつもこの姿になる。建前を大切にしたいのか、社交的に振る舞いたいのか。
「紹介しよう友よ。彼女がいつも話してるティーツリーだ」
ペパーミントは上品なキングス・イングリッシュでそういった。
「ペパーミントじゃない!」ラベンダーがいった。「まさか、オレンジがあなたをつれてくるなんて。そういえばペパー、あなたもロンドンに留学してたものね。ちょっと見ない間に、大きくなったわねえ」
オレはおどろいた。
「おまえたち、知りあいなのか?」
「ぼくのおばさんだよ」
「なに⁉︎」
ちょっとマズいことになった。ペパーミントとティーツリーは相性が最悪だ。昔ちょっとした問題があって、いまも最悪の仲だ。まさか、ラベンダーがティーツリーとつながっていたなんて。
それに、ペパーミントのおばさんって、ラベンダーだったのか!
「長い間おまえとつるんでるが、そんな話、初めて聞いたぞ!」
「いいたくなかったんだ」
ペパーミントは居心地が悪そうだった。胃を痛そうに押さえてる。
気持ちはわからなくもない。あいつは常識がないからな。
「ラベンダー、ライムやろうが来るなんて聞いてない、アタシは帰らせてもらう!」
「ライムじゃなくて、ペパーミントですが」
ペパーミントは小さな声で、文句をいった。
「まってティー、協力してくれるっていったでしょ、時間がないの。早いとこスペイン風邪を浄化しないと、オーストラリアにも上陸するわよ!」
ラベンダーが、出て行こうとするティーツリーを引き止める。
「ふん、アタシはごめんだね、こんなクソやろうといっしょにいるなんて。枯れたほうがマシだ。それに、オーストラリアに来るなら来いってんだ、アタシが追い返してやる!」
親友がボロクソいわれるのは、あまりにもおもしろくない。オレはだまっていられなかった。
「オーストラリアの精霊なんて信用できるのか? 精霊界の流刑の地だ。あそこには凶悪な精霊、『ガソリンツリー』がいる。ラベンダー、こいつはオーストラリアの管理者の職を、放棄したいだけだ。オーストラリアを離れる口実を得て、『ガソリンツリー』を復活させようとしてるんだ。信用できない」
ティーツリーの顔は怒りで真っ赤だった。もうすぐ泣きそうだ。
「そんなことするもんか! そもそも、おまえたちイングランドの精霊が――」
「だまれェェェェェェい!」
ラベンダーがさけんだ。
「みんな聞いて、ティーもペパーも、そこの柑橘も、わたしの大切な仲間よ。おたがい事情はある。でも、ここはわたしにめんじて、いまだけは目をつむって。おねがい」
ペパーミントとティーツリーの顔に、不満の文字が書いてあったが、2人はしぶしぶうなずいた。
オレはガマンできなくて、つい、いってしまった。場の空気がぜったい悪くなると、わかっていたのに。
「フランスもUKもオーストラリアも、人間界だと連合国側だ。仲良くしようぜ」
花の精霊が4輪もいるのに、いやな匂いが流れた。
オレは笑ってごまかした。
「ロンドナーだから、いっちゃうんだよな」
「だまれ。わたしはリヨネだ。ぜんぜんおもしろくない」
ラベンダーは、静かにそういった。
(ロンドナーってのは、ロンドンっ子のこと。オレとペパーのことだな。リヨネは、ラベンダーみたいなリヨンっ子のこと。ティーツリーはなんていうんだろうな?)
「ちょっと待って、まさかとは思うけど、この人数でスペイン風邪を倒すつもりじゃないよね?」
頭の草かんむりをゆらしながら、ペパーミントはいった。
「オレはラベンダーが、もっといっぱい連れてくると思ったんだ」
「数が多いと、それだけ連合にバレやすくなる。ほんとうに信頼できる仲間しか呼べなかったの。それに、仲間をさがしてる時間もないでしょ! そういうアンタこそ、もっと連れてこれたんじゃないの?」
ラベンダーが言い返す。
「ノージンジャー、世界大戦でみんな忙しいし、連合にはむかう物好きなんて、そうそういない!」
「やくたたずのキノコ!」
「オレンジだ、パセリ女!」
(ノージンジャー。しょうがないを意味するメジャーなスラング。花同士の会話で、よく好んで使われる。アロマ連合の古いマスターで、ジンジャーって精霊がいるんだが、そいつが広めたらしい。オレもこれから先、長い人生を送ることを考えると、いまのうちにオレさま専用のスラングを発明しておかないとな。ジンジャーめ、やつはうまいことやった)
ペパーミントが、オレとラベンダーの間に入った。
「わかったわかった、もういい。それで、どうするんだ? スペイン風邪の居場所はわかってるのか?」
「オレたちは、アロマ連合の支援をあてにできない。だから、おまえを呼んだんだ」
「オーケー、冥界が全面バックアップしよう。スペイン風邪のせいで人間が死にすぎても、対応に困る」
ペパーミントはあの冥界の王、ハーデスの孫なんだ。つまり、冥界のプリンス。おばあさんが植物界の出身だから、アロマ連合のナイトの称号も持っている。植物界と冥界の重要なパイプ役だ。
ペパーミントはエアリスを操作して、数分の間、誰かとメッセージをかわしていた。
「いま、冥府の分析官が調べてくれた。スペイン風邪はアメリカにいる。デトロイトだ」
オレとラベンダー、ペパーミント、ティーツリーの4人は、北大西洋の上空を飛んでいた。冥界の所有するUFOに乗って。
時間は午後の2時。デトロイトとリヨンの時差は6時間だから、ガトフォセが倒れた時間とほぼいっしょだ。
ペパーミントは大人の姿で、UFOを操縦していた。スーツ姿で、頭には草かんむりをのっけている。
「そこでオレさまの登場ってわけだ。敵の軍の数と地理の情報を、スマホでゲットしたオレは、ナポレオンに教えてやったんだ。こうしてナポレオンはグランド・アルメ(大陸軍)をひきいて、アウステルリッツの三帝会戦に勝利した」
「かんたんにいうと、天気予報を調べて、かさ持ってっただけでしょ」
ラベンダーが、オレの武勇伝にどろをぬってきた。
「なんだと? じゃあおまえは、いったいどんな活躍をしたっていうんだ? え? ちょっと教えてみろ」
「【ミロのヴィーナス】の両腕をへし折った」
「……おまえにはかなわないな」
「ラベンダー、あれ、おまえか⁉︎」
ティーツリーがさけんだ。
「だって、センスなかったんだもん。誰にもいわないで」
「いや、それ、やっちゃだめ」
「いいでしょ、ニンゲンだってよろこんでる!」
「そういう問題じゃない」
ティーツリーはマジメだった。マジメなやつがダイキライなオレは、ラベンダーに根をかした。
「ふん、オーストラリアにずっと引きこもってるから、ラベンダーの武勇伝がうらやましいんだろ」
「そんなわけあるか!」
「ほう。じゃあ、おまえはどんな武勇伝を持ってるんだ?」
「オレは初めてティーツリーに会ったんだ。どんな精霊かわからない。ペパーの話を聞いてると、印象はよくないな」
ラベンダーは怒った。
「彼女は最強のカビ殺しよ。掃除がうまいんだから」
「アッハハハ、それはすごいな、尊敬するぜ!」
オレは大笑いした。
「ラベンダー、フォローになってないぞ」
ティーツリーはいじけた。
ペパーミントが、やれやれという顔をする。
「ねえ君たち、状況わかってる? もうデトロイトの上空に入ったぞ」
精霊が集まると、こんな感じでおたがいの武勇伝を語りあうのが、こっちの文化なんだ。
英語のあいさつの、How're you? に似ている。
ただ相手の状態を知るだけじゃなく、根掘り葉掘りの探りあいも始まるため、きらうやつも多い。
「いたぞ、スパフだ」
ペパーミントの言葉に緊張が走る。
オレたちはスペイン風邪を、スパフと呼ぶことにした。スペイン風邪だと呼びにくいし、スペイン人がこの本を読んだとき、かわいそうだからな。
操縦席のエアリスから、無数の鳥の羽ばたきが聞こえてきた。大群だ。赤い鳥の霊が、都市の真ん中で竜巻のようにぐるぐる飛んでいた。
「おそらく、あの中心に大元の霊がいるはずだ」オレはいった。
「作戦は?」ラベンダーが聞いてくる。「相手はウイルスよ。UFOのビームなんか効かないわ」
「いいか、ここには植物界が誇る花の精霊が4輪もいる。作戦はこうだ、全身全霊の香りをまとって竜巻に突入。30秒後に中心で、大人になって、それぞれの礼名詠唱をスパフ本体にぶちこむ」
(精霊は何にでも変身できるが、自分の大人の姿になるのは、ちょっとワケがちがう。なぜなら、大人の姿になることで、精霊本来の力が発揮できるからだ。だから、きびしい修練がひつようなんだ。大人の姿になれて初めて、1人前の精霊と認められる。もちろん、オレさまもなれる)
「それは、作戦がないのといっしょじゃないか。自殺行為だ」
オレはペパーミントを無視した。
「おいライミー、おまえ、こわいんだろう?」
ティーツリーがいじわるに笑い、むっとしたペパーミントは、いやな匂いを出した。
オレはボタンを押してハッチをあけると、カッコよく決める。フランスの画家、エドガー・ドガの描いた【舞台の踊り子】みたいにな。生きるか死ぬかの戦いだ。
「雑草ども、ぜったいに引っこ抜かれんじゃねェぞ、根性見せろ!」
(ちなみにオレは、このバレリーヌを知ってる。美人ではないが、愛らしい小娘だった。苦労しながら、それなりにしあわせな生活を送っていたよ。変身のレパートリーにも加えてる。まあ、あんまりオレの過去を話してもつまらないだろうから、物語を先に進めよう)
「そこのUFO、何してる!」
いきなり頭のなかに響いた大音量のテレパシーに、おどろいたオレは、ひらいたハッチから空へ落ちた。
「うぁっ」
「オレンジ!」
ラベンダーが手をのばしてくれたが、届かず、オレは空中へ放りだされた。
「うぁぁぁぁ」
「ペパー、ティー、あなたたちはここにいて。わたしはオレンジを助けにいってくる」
ペパーミントは青ざめた。恐ろしい部族と2人きり。フランス青ざめコンテストがあれば、あいつはまちがいなく優勝だろう。
「ぼくが助けにいく」
「わたしはUFOは操縦できない、なんとか時間をかせいで」
UFOが空に出現した。3つもある。どうやら見えないように、姿を消していたらしい。
精霊のUFOは宇宙人のとちがって、地球人には見えない。次元がちがうからだ。もしこれを読んでる君が霊能力者だったら、ひょっとしたら、見えるかもな。
ってそんなこと説明してる場合じゃない、オレは落ちてる!
いっぽうその頃、ペパーミントとティーツリーの間に、気まずい匂いが流れていた。
「こちらアロマ連合。貴艦につぐ。ここは大スペイン風邪が存在する重度危険領域である。即刻退避するように」
「ぼくたちを気づかってくれるなんて、連合はやさしいね」
「いや、疫病を利用したいだけだろ」
「わかってる、皮肉だよ!」
「どうするんだ? あの2人をおいてけない」
「2人じゃない、2輪だ。ニンゲンみたいに数えるな。さて……どうしよう?」
アロマ連合のUFOが、さらにテレパシーを送ってくる。
「あと3秒数える。3秒以内に立ち去らない場合、不審行為とみなし、攻撃を開始する」
「くそ、どうすればいい、精霊界にはボブおじさんはいないんだ。あ、ぼくのおじいさんはハーデスだ」
「おまえのいってることが、ときどきわからないんだが、それ、どういう意味だ?」
「ああ、UK(イギリス)では有名なジョークなんだけど――」「3、2、1」「――説明してる暇はない!」
ビシャァァァァァァン。
UFOは墜落した。