第7輪 悲劇は突然にドアをたたく
答えは地球だ
――オレンジ
オレたちが家を出ると、ちょうどバジリコがUFOに乗って、空へ浮上していくところだった。
ここでバジリコを逃すわけにはいかない。
オレたちもすぐに、ペパーミントのUFOに乗って追いかけた。
月明かりもない、くもった夜
人間たちは夢のなか
人知れず始まるカーチェイス
見物客は、木と鳥となに?
霊の世界はいそがしい
あっというまに次の時代
優勝トロフィーはニンゲンの首
操縦席にすわるのは、スーツ姿のペパーミントだ。水晶に向かって手をいそがしそうに動かしながら、文句をいった。
「バジリコを追いかけてどうする、スパフを取り返せると思うか? ムリだと思うな」
オレはどなった。
「いいから、もっとスピードを上げろ! 見失うぞ!」
「いまやってる」
ラベンダーとティーツリーは、モニターに映る緑のUFOを見ていた。
もっとギザギザが生えて、いかにも悪役が乗ってそうなのを想像したが、バジリコは意外にもふつうのUFOに乗っていた。どうせどこからか、盗んできたものだろう。
バジリコは操縦席で、後ろから追いかけてくるUFOに気づいた。
「残念ね。あなたたちとは仲良くなれると思ったのに」そして、マイクに向かってヒステリックにさけんだ。「おいおまえら、やっちまいな!」
モニターにうつる空の暗闇が、ぱっと明るくなった。ティーツリーは何かを感知した。
「――ふせろ、早く!」
ビシャアァァァン
0、1秒。
背後からのビームが、オレたちのUFOを撃ち抜いた。精霊たちは、はげしい振動で壁や床に叩きつけられると、UFOは森に墜落した。
強烈な痛みに起こされた。
意識を取りもどすと、炎とけむりのなかにいた。体じゅうが焼けて、死ぬほどいたい。骨が折れ、うでや足は裂けて血まみれだ。
まわりには、壊れたUFOの破片がちらばっていて、正体のわからない動物の鳴き声が、そこら中から聞こえてくる。
どうやら、目に見えない事故を感じとってるらしい。
(オレたち霊には骨も血もないが、作者がわかりやすいように、翻訳してくれてるんだ。このとき、オレの霊体がどうなってたかを生理学的、生物学的にくわしく書いてもよかったんだが、そうすると、作者がノーベル生理学・医学賞を受賞することになっちまう。
それに、理論まみれの本一冊文の描写なんて、だれも読みたくないだろ?)
(動物というのはセンスがいい。何かを感じとる力が強い。というかそもそも、人間みたいに先入観、偏見や常識に洗脳されてないから、オレたちのことを感じやすい。
ナポレオンの妻の、ジョセフィーヌが飼ってたパグがいい例だ。フォーチュンはオレと会話できるほど霊感が高く、いけ好かないヤツだった。あいつは犬のなかでもかなりの悪タレだ! もし人間だったら、その悪名は後世に語り継がれただろうに、残念だ)
オレたちは山のなかにいた。
ラベンダー。
ペパーミント。
ティーツリー。
姿は見えないが、近くにはいるらしい。
みんな倒れていて、動く様子がない。
ふと耳に、何かが近づいてくる音が入った。しげみの向こうからだ。これはたぶん、野生動物の出す音じゃない。
痛みをこらえ、木のかげにかくれた。息を止め、香りをおさえる。
やってきたのは、あのブタたちの霊だった。
何人いるかわからないが、いっぱいいる。
「いたぞ、見つけた」
「ヘッヘッヘ、花の精霊が3人もいるぞ」
「死んでるんじゃないか?」
「花の精霊だったら、死体でも高く売れるぞ」
「あと1人いなかったか? ブヒィィィ、探せば見つかるかも」
ドキッとした。ヤバい。こっちは満身創痍だ。このままじゃ殺される。
「いや、アロマ連合がリヨン周辺を捜索するはずだ。ここは火事で目立ってる、はやく引き上げたほうがいい」
「ブッヒヒヒ、イイカオリダア」
「おい、ていねいに運べ、売り物なんだから」
ブタの精霊たちの乗ったUFOは、夜空でひとすじの光になり消えた。
星の見えない夜では、なにもかもが不安だ。
「はあ、はあ、ぜったい助けるからな」
香りは南西に向かっていた。
状況は最悪だった。
砂漠化みたいに絶望的。どうやって森にしたらいいか、見当もつかない。
いっとくが、おこづかいを減らされたとか、欲しいゲームを買ってもらえなかったとか、親が離婚した、受験に失敗した、スクールカーストで1番上の司祭階級になれず、とうとう不可触民になっちまったとか、そんな甘いもんじゃない。
(カースト。ポルトガル語のカスタが由来。意味は血統。ラテン語のカストゥスに起源を持つ。こっちの意味は、純粋なもの、混ざってはならないもの。
スクールカースト。生徒の間で知られる暗黙の階級。容姿がいい、恋愛経験が豊富、コミュニケーション能力があるやつほど、身分が高くなり、司祭のように好き勝手できる)
(不可触民。スクールカーストの最下層をぶち抜き、魔界へ落とされたやつのこと。触れることも、見ることも、近づくことも、声を聞くこともいけないとされ、このルールを破って助けようとすると、力を持った女子からのイジメにあうか、同じように、食物連鎖のピラミッドの圏外へ叩き落とされる。カーストがちがえば、ラブレターを出すことさえできない。
もしこの本を読んでる君が、そのことで思い悩んでいるなら、ひとつ偉大なアドバイス。
悩むな、楽しめ。
オレから見たら、人間なんてみんなクズだ。平等にな。君の親も、学校の先生も、社会の仕組み、自分たちの歴史、自然への影響を1から10まで理解してるやつはいない。理解してたとしても、そいつらはアベンジャーズでもなけりゃ、大統領でもない。つまり、ほとんど何もできない。
君だって、力を持ってないし、ただの1人のちっぽけな人間だ。だったら何ができる?
楽しむことしかできないだろう?
だから、思うぞんぶん楽しめ。
生まれた国、体は選べない。だが、これからどこの文化、どういう思想や価値観で生きたいかは、選ぶことができる。
もしそこがイヤなら、いますぐ荷物をまとめて旅に出ればいい。この地球というテーマパークには、いろんな文化のアトラクションが用意されているのだから。ジェットコースターがイヤでも、遊園地を楽しむことはできるだろう?
え、金がない? まだ子どもで、いますぐそれができないだって?
だったら、スーパーへ行け。そこには自由なオレさまがいる。見ろこの姿を。売られてる果実は分身だが、オレさま自身は、何にも縛られることなく、自由で、偉大で、すばらしく存在している。誇らしく、自分という存在にたいへん満足して、くつろいでいる。オレンジの精霊だからじゃない。オレが自分の価値をそう決めたのだ。どうだ、元気が出たか?
だれかがおまえの何を知ってる?
おまえがおまえを決めるんだ‼︎
人類の黒歴史にくらべたら、君の人生の失敗なんて、鼻毛が出てたようなもんだ。どんな犯罪者だって、やりなおせる。
もっといえば、宇宙はもともと1つの点だった。そこから、こんなにたくさんのものが生まれた。つまり、おまえ自身が神なんだ。自由にやれよな。オレさまみたいにな。
ちなみに、人間が信仰してる宗教だが、神さまの正体は、古代に地球を訪れた――作者の申し立てにより削除されました――おっと、制限されちまった。教えたいことはいっぱいあるんだが、作者は熱心に宗教を信じてるやつのために、配慮してるらしい。
おくびょうものめ。クズ! 偽善者! イタッ、おい、やめろ! なに? 次回作では、ガトフォセの娘のマノンを主人公にするだって? そんなことすれば、オレの出番がへるだろ! ニンゲンめ!)
なにしろ、ガトフォセ死亡ルート確定への、タイムリミットがせまっている。
それから、バジリコが大勢の人間を滅ぼそうとしている。この世界大戦という、またとないチャンスをねらって。ヤツはいま、スパフという切り札を手に入れた。
最後に、仲間は捕まり、オレはアロマ連合から指名手配されている。
バジリコを捕まえてスパフを取り返し、誤解を解かなければ、オレはオーストラリア送りにされて殺されるか、タルタロス送り。冥界の牢獄で一生をすごすハメになる。
はげしい体力の消耗でおそってくる眠気を、活性化の香りを吸いこんで、なんとか払いのけると、オレは歩いた。
リヨンからの方角と、乗ってきたUFOの速さと時間から距離を計算する。オレは頭のなかの地図に照らし合わせた。
ここはセヴェンヌ山脈だ。地中海の近くにあり、イタリアとスペインにはさまれている。現代社会やパリの喧騒とはかけはなれた、静かな空気が流れている。落ちつく。
その美しくゆたかな自然には、たくさんの動物や植物がくらしている。人間のせいで減少傾向にはあるが……。
特に多いのはヒツジやヤギだ。多くのヒツジ飼いが、1000年以上も代々ここでくらしていて、フランス最古のチーズであるロックフォールを作ったり、歌をうたったりしている。
のどかで、そぼく。いやされる。
3000年以上も営まれている農地や農家、灌漑施設をふくめた広大で牧歌的な風景には、伝統的な文化を感じる。
ここだけの話だが、オレはもし、もしもの話だが、人間に生まれ変わるとしたら、羊飼いになりたいと思ってるんだ。
小枝を持って、はなうた歌いながらヒツジをぶったたくラクな仕事だろ? あこがれなんだ。
のびのびと、気ままにくらすのが夢さ。
でもそれだけじゃきっと、収入もたりないだろうから、副業でニンジャをやってピザやフィッシュ&チップスを売る。
(セヴェンヌ山脈はガール県をまたがってるのに、ガールは見当たらない。やはり、人間に憑依してナンパするならパリだな。って、解説してる場合じゃない、急がないと!)
できればちがう日に、ここへは来たかった。
いまは地球を感じてる場合じゃない。オレは自分の親父にさよならをいうと、仲間たちを救うために、岩と緑におおわれた大地をすすんだ。
深夜3時。どこまで行っても、深い暗闇の世界がはてしなく続くこの時間は、冥界に迷いこんだのかとかんちがいしそうになる。1人は不安だ。自信がなくなり、心がおれそうになる。
そこで思い出した。オレの親友は冥界の皇子だ。そう思うと心強い。
変身するエネルギーはまだ、たまらない。
何度も何度も、丘陵をのぼったりおりたりしながら、香りをたどるのはひと苦労だった。途中、時間がたって分散していたり、野生動物のおしっこの匂いに消されていたりするからな。
香りが完全になくなれば、おしまいだ。追えなくなる。バジリコたちのアジトが近いことと、海を超えていないことを祈るしかない。
時間との勝負だ。体力がないのがいささか問題ではあるが、花の根性を見せるしかない。
オレは鼻だけじゃなく霊視もして、集中して香りの痕跡を見つけ、たどった。
ラベンダーの香りを、どれだけかいできたと思ってるんだ。オレが生まれたときから、ずっとかいできた匂いだ。この星で1番知る香り。
そうかんたんには見失わないぞ。
こうやってラベンダーの香りをたどっていると、ロンドンにいたあの頃を思い出す。